3回  ライト兄弟の研究開発手法               目次へもどる

 他社の新製品情報や研究開発動向は気になるもので、場合によっては自社の研究開発戦略の見直しを迫られることもまれではありません。このような厳しい研究開発競争を勝ちぬくためには、どのようなことが重要なのでしょうか。先日、米国のサンディエゴにある航空宇宙博物館を見学しました。その博物館に設置されていたライト兄弟のブースで、私は2つの発見をしました。

 一つめの発見は、彼らが風洞実験装置を自ら製作して、飛行機の翼の形状と揚力の関係を調べていたことです。従来の文献を参考にグライダーを製作して実験していたが、思い通りの結果を得ることができなかったため、自作の風洞実験装置で200種類もの異なった翼型を作って実験を進めたと書かれてありました。コンピューターのない時代ですから、トライ・アンド・エラーで実験を進めたのだとは思いますが、得られた膨大なデータをもとに、最適な翼形状のグライダーを製作し、190メートルの飛行実験に成功しています。1902年のこととありますから、その翌年(19031217日)の記念すべき有人動力飛行の大成功は、前年のグライダー実験で保障されていたといっても過言ではないでしょう。

 二つ目の発見は、1906年後半から1907年前半にかけて「飛行実験には加わらない」と宣言してエンジン開発に専念したことです。当時の世の中の最大の関心事は飛行距離でした。例えば飛行船の開発者で有名なサントス・デュモンが動力飛行機で220メートル飛び賞金1500フランを獲得したなどなど、少しでも遠くへ飛ぶことにしのぎを削っていました。しかし、ライト兄弟は飛行距離を飛躍的に伸ばすのがエンジンのパワーだとわかったため(展示の説明にはありませんでしたが、風洞実験から得られた知見でしょうか)、飛行競争から離れてエンジン開発に専念したのでした。このような決断はよほどの強い信念と意思がなければできるものではありません。その後、飛行競争の本場フランスに乗り込み競技で優勝していることからも、彼らの信念が正しかったことが証明されています。

 ライト兄弟は、徹底したシミュレーション(風洞実験)によって最も重要なパラメーターを抑え、フィジビリティを確認し(飛行実験に成功し)、続いて実用化に向けて(世間の風評に惑わされることなく)エンジン開発に専念しています。研究開発リーダーの仕事は、研究開発課題に優先順位をつけ、リソースを適切に配分することかも知れません。ライト兄弟の歩んだ動力飛行機開発物語に接して、研究開発の原点に触れたような気がしました。

                         Copyright (C) 2008 Masaki Konishi. All rights reserved.