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第8回 製品の仕様は時代とともに変わる
 
 コンピュータに欠くことのできないDRAM(演算処理を行う際、一時的にデータを保存する役目を担っている)は、1970年代に従来のリング状の磁性体(磁気コア)から半導体集積回路に置き換わりました。
 半導体ICの製造技術は高度で、当時は主に米国でしか作れませんでした。1980年代に入って米国をキャッチアップした日本は、徹底した品質管理で高品質の製品を世の中に供給し、米国に取って代わりました。ところが1990年代に入り、製造技術でNo.1だった日本のメーカーが韓国・台湾に太刀打ちできなくなりました。

 日本の半導体技術が台湾や韓国に負けるようになったのでしょうか。日本の半導体技術者に質問すると全員が「勝っている」あるいは「百歩譲っても、決して負けてはいない」と答えます。
 確かにデジカメなどに使われているCCDやCMOSセンサ(半導体素子)は、メモリよりずっと難しい製造技術が必要ですが日本の独壇場です。

 ではDRAMの世界で何が起きたのでしょう。1980年代はIBMに代表される大型コンピュータも健在で、ミニコン・オフコンと呼ばれる小型コンピュータ(いま思うと結構大きいのですが)が中心でした。そこで使われるDRAMに要求された仕様は長期信頼性でした。
 日本メーカーは徹底的に品質の向上を果たし、世界の半導体市場を席巻しました。その証拠に1987年における半導体の売上高は1位がNEC、2位が東芝、3位が日立と、金銀銅を日本が独占しています。

 1990年代に入りパソコンが普及してきました。皆さんが感じているとおりパソコンの普及は爆発的で、コストの低下もドラスティックでした。パソコンの耐久は長くても5年、大型コンピュータの時代に要求された20年保証ではなく、要求されたのは過酷なコストダウンでした。
 韓国・台湾のメーカーは技術導入をしながら、徹底的にコストパフォーマンス(費用対効果)を追求しました。一方、日本の半導体メーカーは(成功体験が邪魔したのでしょうか)対応が遅れました。結果は(昨年上半期の売上実績で)1位がインテル(米国)、2位がサムスン電子(韓国)、3位がTI(テキサス・インスツルメンツ/米国)です。

 企業の開発には優先順位があります。最も気をつけなければならないことは、お客様が何を要求されているのかを見抜き、必要な技術開発に力を集中することです。